松島総合法律事務所
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 今回は、システムの運用・保守をめぐる法律問題の最終回です。ここでは、システム障害が発生した場合にもっとも問題となる、免責条項の適用について解説します。免責条項は、約款や契約書に設けられておりますが、大きく分けて、以下の2つの規定の仕方があります。  

 

①  重過失の場合をのぞき免責されると規定されている場合

②  免責される場合が限定されていない場合

 

  そこで、今回は、それぞれの規定方法が採用された場合、どのような点が問題となるのか検討してみます。

 

1 重過失の場合をのぞき免責されると規定されている場合

 まず、「重過失の場合をのぞき免責される」と規定されている場合について、検討してみます。前回紹介したジェイコム株誤発注事件(東京地裁平成21年12月4日判決)の契約においても、以下のように、「故意又は重過失が認められる場合を除き、これを賠償する責めに任じない。」という免責条項が用意されていました。  

 

(免責条項)

 被告(システム運用事業者)は、取引参加者が業務上被告の市場の施設の利用に関して損害を受けることがあっても、被告(システム運用事業者)に故意又は重過失が認められる場合を除き、これを賠償する責めに任じない。
 ※括弧内は筆者が加筆 

 

 そこで、この事案では、免責条項が適用されるか否かを判断するために「重過失」とは、どのような場合を意味するのかという点が争われたわけですが、裁判所は、この点について、下記の最高裁判所の判決文を引用しています。

 

(最高裁判所昭和32年7月9日判決)

 重大な過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解するのを相当とする。 

 

  このように、裁判所では、「重過失」とは、「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」を指すものと解釈されています。そして、この「重過失」の意味を前提に、ジェイコム株誤発注事件(東京地裁平成21年12月4日判決)では、システム運用事業者の重過失を認定しています。

 

(東京地裁平成21年12月4日判決)

  被告には①受入れテストにおいて要件定義書に記載された機能がシステムに誤り無く実装されているか否かを確認すべきところ、その過程においてなされた修正との関係において開発者が行う回帰テストの確認を怠ったことについての注意義務違反がることになるが、(中略)回帰テストの確認を怠っただけでは、重大な過失があるとまではいえないにせよ、被告は、②その完全無欠性の確認ではなく、認知できた不具合件数の推移からの推論によってその提供判断を行って、本件売り注文のような注文に関しては取消注文が奏功しない被告売買システムを取引参加者に提供した上、③有価証券市場の運営を現に担っていた被告の従業員としては、その株数の大きさを約定状況を認識し、それらが市場に及ぼす影響の重大さを容易に予見することができたはずであるのに、この点についての実質的かつ具体的な検討を欠き、これを漫然と看過するという著しい注意義務の欠如の状態にあって、売買停止措置を取ることを怠ったのであるから、④被告には人的な対応面を含めた全体としての市場システムの提供について、注意義務違反があったものであり、このような欠如の状態には、もとより故意があったというものではないが、これにほとんど近いものといわざるを得ないものである。

 

  この裁判例の①、②は、システム障害の原因に触れた部分です。①の回帰テストの確認を怠ったというだけでは、重過失とならないとしています。しかし、②完全無欠性の確認ではなく、認知できた不具合件数の推移からの推論によってその提供判断を行ったという点、③有価証券市場の運営を現に担っていた被告の従業員としては、その株数の大きさを約定状況を認識し、それらが市場に及ぼす影響の重大さを容易に予見することができたはずであるのに、この点についての実質的かつ具体的な検討を欠き、これを漫然と看過したという点の2点を重過失の根拠としています。もっともこの判断の②の部分はシステム運用事業者にとって厳しい判断であるようにも見えます。なぜならば、不具合がまったくない完全無欠なシステムなどというものは、なかなか実現できるものではありません。通常は、不具合の数の推移から、不具合が収束しているかいなかという傾向を見て本番稼動を開始するか否かの判断をするのですから、いかに証券取引のシステムが公共性の高いシステムであるからといっても、ちょっと厳しいのではないかと思います。

 

2 免責される場合が限定されていない場合

 次に、過失の程度等で特に限定されることなく免責されると規定されている場合について検討してみようと思います。このような規定は、約款等でよく見かけますが、本当にいかなる場合でも免責されることになるのでしょうか。この点について、システム利用者が、システム運用事業者にデータを預けていたところ、システム運用事業者が誤ってサーバ内のデータを消去してしまったという東京地裁平成13年9月28日判決を見てみようと思います。

 

 (東京地裁平成13年9月28日判決)

 実質的にも被告の積極的な行為により顧客が作成し開設したホームページを永久に失い損害が発生したような場合についてまで広く免責を認めることは、損害賠償法を支配する被害者救済や衡平の理念に著しく反する結果を招来しかねず、約款解釈の妥当性を欠くことは明らかである。 

 

 この判決では、「被告(システム運用事業者)の積極的な行為」によってデータが消去され、これによって重大な損害が発生した場合まで免責されるとするのは不合理であるという価値判断のもと、約款の解釈により、当該約款が適用される場面を限定し、システム利用者の損害賠償請求を認容しています。現段階では、約款の免責規定の解釈をめぐる裁判所の蓄積が乏しく、確立した考え方はありませんが、仮に免責条項に何ら免責される場合を限定する記載がなかったとしても、システム運用事業者の故意・重過失による場合には、免責条項の適用はないと考えた方が、当事者間の公平に資する妥当な解釈ではないかと思います。 

 

3 消費者契約では免責条項が無効となる場合が法定  

 ここまでは、企業間の契約に関する話ですが、最後に企業と個人の契約について言及しておきます。個人利用者を対象としたサイトにおいて個人利用者に、利用規約に同意していただいたうえでサービスを利用していただくという場合があります。このようなサイトの利用規約には、必ずといってよいほど免責条項が用意されています。しかし、企業と個人との間で締結される消費者契約については、消費者契約法において以下のように規定されています。 

 

消費者契約法 

第8条  次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。

一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項

 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項

 

 従って、「如何なる場合でも免責される」「重過失の場合でも免責される」などという免責条項が規定されていたとしても、上記、消費者契約法第8条により、無効と判断される(免責されない)ことになるでしょうから、注意が必要です。もっともこのような規定があることを知りながら、強硬な免責条項を規定している企業もあります。個人利用者からのクレームに対応のために規定しているのだと思いますが、企業側は、無効と判断される可能性があることを認識すべきです。

 

4 まとめ

 システム運用事業者の立場からすると、免責規定を設けてリスクヘッジをしておくことは当然必要なのですが、重過失があった場合などは、企業間の取引でも、免責されない可能 がありますし、消費者契約の場合には、消費者契約法上無効であることが明記されていますか ら、契約上でのリスクヘッジには限界があります。従って、システム運用者事業者は、適切な運用マニュアルを作成し(マニュアルの内容 が裁判で問題となる場合もあります。)、このマニュアルに従って、厳格に作業をこなことこ必要があるといえます。また、保険の活用も考慮すべきです。システム利用者の立場からすると、最低限、どのような場合に免責されてしまうのかを確認するとともに、バックアップを採取する義務はどちらに課されるかのという点を確認する必要があります。更に公共性の高いシステムであれば、システム利用者となる企業も利用マニュアルを作成し、万が一の場合に備えた訓練までする必要性があります。

以上 

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