システムの運用・保守をめぐる法律問題(2)システム運用事業者の債務は結果債務か手段債務か

 前回は、システム運用・保守時の障害が原因で発生する紛争の特徴と検討手順について言及しました。今回は、システム運用・保守時の障害が原因で発生する紛争において、最初に検討すべき、システム運用事業者が負担する債務の内容について、千葉地方裁判所平成21年4月17日判決、東京地方裁判所平成21年12月4日判決の事案をもとに検討しようと思います。

 

1 千葉地方裁判所平成21年4月17日判決の事案の内容

   今回、題材として取りあげる千葉地方裁判所平成21年4月17日判決の事案は、被告となった航空会社の航空券を購入した原告らが被告との間で締結した旅客運用契約を締結した旅客運送契約上の定刻運送義務及び付随義務である顧客配慮義務に違反したことを根拠に、債務不履行に基づく損害賠償請求をした、というものです。この事案では、@原告ら(乗客)が主張する被告(システム運用事業者)の定刻運送義務が結果債務なのか手段債務なのか(争点1)、A手段債務であるとして、被告(システム運用事業者)が定時性を実現するための合理的な最善の努力を怠ったといえるか否か(争点2)という2点が問題となりました。それでは、裁判所がどのように判断したのか確認していきましょう。 

 

2 手段債務と結果債務

   千葉地方裁判所平成21年4月17日判決の事案の争点1では、被告(システム運用事業者)の定刻運送義務が、結果債務なのか手段債務なのかが問題となっていますが、結果債務、手段債務とはそれぞれどのような債務のことを意味するのでしょうか。結果債務、手段債務という用語は民法に登場する用語ではなく、講学上の用語です。結果債務とは、特定の結果の実現を内容とする債務をいい、手段債務とは、債務者に債権者が期待している望ましい結果を実現するべく、一定の措置を行う義務を負わせる債務をいうとされています。従って、定刻運送義務が結果債務であると判断されれば、システム運用事業者の航空会社は、定刻通りに旅客(原告ら)を目的地に到着させる義務を負うこととなり、定刻通りに旅客(原告ら)を目的地に到着させることができなかった場合には、債務不履行となるわけです。逆に、手段債務と判断されれば、システム運用事業者の航空会社は、定刻通りに旅客(原告ら)を目的地に到着させるべく一定の措置を行う義務しか負担していないわけですから、定刻通りに旅客(原告ら)を目的地に到着させることができなかった場合であっても、債務不履行とならない可能性があるわけです。では、結果債務と手段債務とは、どのように区別するのでしょうか。千葉地方裁判所平成21年4月17日判決の中で、判示されていますので、確認してみましょう。 

 

千葉地方裁判所平成21年4月17日判決の判断基準)

    一般に、特定物の引渡債務のように給付行為が確定されている債務は、結果債務であり、診療契約のように給付行為の具体的内容が債務者の裁量に委ねられている債務は、手段債務とされているが、結果実現の確実性に欠ける引渡債務は、手段債務性を帯びるとされていることも併せて考慮すると、給付内容が特定されているか、結果実現の確実性がどの程度であるか等の事情を考慮して、いずれの類型に当たるかを判断するのが相当である。

   この裁判例では、@給付内容が特定されているか否か(債務者の裁量に委ねられているか否か)A結果実現の確実性がどの程度であるかといった2つの事情を中心に検討しています。では、これらの基準からすると、結論はどのようなるのでしょうか。千葉地方裁判所平成21年4月17日判決は、以下のとおり判示しています。

 

千葉地方裁判所平成21年4月17日判決の判断結果)

   航空機運送は、高度な技術の集積の上に成り立っており、かつ、いったん航空機事故が発生すると極めて深刻な損害が発生することが明白であるから飛行の安全性について特に慎重を期する必要がある。そして安全性に対する配慮は運送者である被告に委ねられているので、給付行為に関する債務者の裁量が大きいといえる。 そして、航空機輸送については、天候等の自然的要因のみならず、機体そのものや周辺設備及び乗員らの準備等の人的要因及び物的要因に大きく左右されることから、出発時刻や到着時刻の変更を余儀なくされる場合が多々あり、現に米国主要航空16社の平成14年における定時到着率は約80%、被告の平成15年度における定時到着率は約92%となっていることも併せて考慮すると、定時に到着することが必ずしも確実ではないといわざるを得ない したがって、被告は、結果債務ではなく手段債務として定刻運送債務を負うにすぎず、予定時刻に到着することの実現に向けて合理的な最善の努力を怠った場合に限り、債務不履行の責任を負うものと解すべきである。

 

  この裁判例では、航空機運送の性質(安全性について特に慎重を期する必要があることや、定時性が必ずしも確保されていないこと)を考慮し、定刻到着義務を手段債務であると判断した上、争点2について、被告であるシステム運用事業者が航空機ダイヤを回復しようとしていたこと等を認定して、「被告が定時性を実現するための合理的な最善の努力を怠ったものということはできない。」と判断しています。

   この事案では、乗客によっては、7時間以上もの遅延が発生しています。時刻表から、これだけの時間を経過しているわけですから、債務不履行となることは当然であると考える方もいらっしゃるかもしれませんが、システム運用事業者の負担する債務が、手段債務であると判断された場合、遅延したという事実のみでは、債務不履行責任を追及することができませんので、注意が必要です。

 

ジェイコム株誤発注事件システム運用事業者の債務

  もう一つ、ジェイコム株誤発注事件に関する東京地方裁判所平成21年12月4日判決の事案を紹介しようと思います。この事案は、原告が、被告(システム運用事業者)が運用するシステムを利用して、株券の売買をしていたところ、被告が運営するシステムの不具合によって、誤発注した株式の売り注文を取消しできず、原告が莫大な損害を被ったという事案です。この事案で、被告(システム運用事業者)に課せられていた債務は、結果債務、手段債務のいずれだったのでしょうか。東京地方裁判所平成21年12月4日判決は、結果債務、手段債務という言葉は使用していませんが、以下のように判示しています。

 

東京地方判所平成21年12月4日判決

  被告は、取引参加者が行う注文につき、被告売買システムによるものと定めていたことから、一次的には、取消処理が実現されるような被告売買システムを提供する義務を負っていたと解されるところ、(中略)被告売買システムには、本件売り注文に関しては、被告売買システム上での取消し処理が実現されないという不具合が存した一方、この不具合は解消可能であったのだから、被告の債務の履行は不完全であったと認められ、合理的な信頼性のあるコンピュータシステムである被告売買システムの提供をもって足りるから不完全履行はないとする被告の主張は採用できない。

 

 東京地方裁判所平成21年12月4日判決が「合理的な信頼性のあるコンピュータシステムである被告売買システムの提供をもって足りるから不完全履行はないとする被告の主張は採用できない。」と判示していることからすると、「取消処理が実現されるような被告売買システムを提供する義務」について、手段債務ではなく、結果債務と判断しているように思います。

 千葉地方裁判所平成21年4月17日判決が示した@給付内容が特定されているか否か(債務者の裁量に委ねられているか否か)A結果実現の確実性がどの程度であるかといった基準で考えてみても、@取消処理に関しては給付内容が特定されており、A株式の売買システムにおいて、取消処理は確実に実現されなければならない、との判断になるのではないでしょうか。

 

4 まとめ

 今回は、システム運用事業者の負担する債務について、結果債務、手段債務という視点で整理しました。手段債務と判断された場合、一見すると債務不履行の状態となっているように見えても、債務不履行と判断されない場合があるので注意が必要です。 債務不履行であるとしても、システム運用事業者の責めに帰すべき事由(過失)による場合でなければ、システム運用事業者の責任を追及することはできません。そこで、次回は、いかなる場合にシステム運用事業者の責めに帰すべき事由(過失)が認められるのかという点について言及しようと思います。

 

 

 

  

 
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